菜の花は何にさざめく廃線となりし軌条にふる天気雨
2015.11〜2016.10

2015.11/20〆(2016.2月号掲載)

 

■自らのいびきの音に起こされし真夜、秋雷のいつしかやみぬ

 

浴槽の蛇口ひねれば頭上より驟雨のごときシャワー降りたり

 

■たちまちに空は翳りてふらんすの速報をよむキャスターの声

 

■音ひとつなき秋の夜にさあさあと絵筆で奏でゆく麦の海

 

■元妻の文たわいなく廃線となりし軌条を犬が横切る

 

■夕焼けは生肉の色ぴんぴんと朝の寝癖のいまだなおらず

 

みどりごのまだひらかざるまなうらに棲むひかりもて冬はきたりぬ

 

灰色の雲うごかざるゆうぐれのあなたの舟に耳をすませる

 

ひと筆をのこして了える水彩のばらの花弁はあなたが咲かす

 

■あしあとをたどる雪の上さりさりとあなたのすきなものがたり読む

 

 

 

 

 

 

2015.12/20〆(2016.3月号掲載) 

 

■くろき鞄あたまにのせてゆくひとのヒールのそこで跳ねる水沫

 

■舟ひとつ連れもどしゆくひきしおの師走のあさに伯父は逝きたり

 

■はつふゆの海はやさしくステンカラーにくろきネクタイ隠しつつ過ぐ

 

■ワイヤーのきしみたる真夜、上層の階でだれかがエレベーターよぶ

 

■それを処理しおえるまでを乗客はふゆの原野にとりのこされる

 

■誠実はひとりにひとつ艶めいた袋綴じなどひらかずに捨つ

 

はふはふと麺すすりいる三本の眼鏡のうちのひとつが曇る

 

■せかいから隔離されたるいれもののなかでほのおの芯をみせあう

 

■肩書きをとれば一個の草として初冬のかぜにゆれてふれあう

 

■炎天に見えざる銀河、たどるときあなたはふっと息をみだしぬ

 

 

 

塔出詠歌 2016

 

 

2016.1/20〆(2016.4月号掲載)

 

■トイレットペーパーの端を三角に折り曲げおれば師走のやもめ

 

■カップルではなやぐ店に我ひとりちいさき蝿にたかられており

 

■グチをきくことにも疲れジャパネットタカタの歌を母越しに聴く

 

■懐妊を息子夫婦に告げられし真夜、えびせんを正座して食う

 

■まよい来しこの道のさき正解のように立ちたる息子のせなか

 

減速とハザードランプ 前方をさえぎる闇が連鎖されくる

 

折り返しはともに越えしか透明な定規に透けるかろやかなゆき

 

■ふりむけば鏡のなかの湯上りの我の臀部の縦にわれおり

 

■かおとかおかさねるときの「ふゆ」と言う口のかたちでふゆをわけあう

 

とおまわりしてきたきみのほの熱き足の指間に舌を這わせる

 

 

 

 

 

 

2016.2/20〆(2016.5月号掲載

 

きづかないふりして彼は扉をしめる風の子ならば階段でゆけ

 

アイドルの解散話を聞きおりぬ右の鼻孔に指を挿れつつ

 

味うすき麺すすりいる底いより粉末スープの袋あらわる

 

ランナーたちをうつす画面がひたひたとかつてふられた角にちかづく

 

喪いしことあらためておもいおり「志」とう薄墨の文字

 

昼と夜が半々ならば人生のはんぶんはゆめ 湯たんぽを抱く

 

晩冬の砂にうもれたくるぶしへ波くるごとに置き去られおり

 

深紅なるリードの端を持たされたひとがチワワに連れてゆかれる

 

ほんとうのわが声を聴く ウォシュレットのあらぶる水にツボをおされて

 

かいがらのようなる耳朶にくちびるをよせて未踏の夏へいざなう

 

 

 

 

2016.3/20〆(2016.6月号掲載

 

玄界灘で今朝獲れたてのそしていま死にたてのその一片を喰う

 

塩を入れすぎたる鍋に湯をたしてひと月ぶんの味噌汁できる

 

濃紅はじょうねつのいろ牛丼のすみにこっそり情熱のせる

 

「全う」とう言葉うつくしひんやりといまだ地中の蝉をおもいぬ

 

その痕に耳をよせれば聴こえくるあなたの海よ てのひらを置く

 

ソヨゴ否、クスノキか否、常緑にそそぐ冬陽をふたり見ており

 

満開から徒歩十分のリビングのニュース画像で満開を知る

 

書店ではやや買いづらき写真集Amazonで買い経費でおとす

 

からからと吸い込まれいる数粒の鬼、福なべてわが手を過ぎる

 

このひととたどるのだろうゆらゆらとゆく草舟が海につくまで

 

 

 

 

 

2016.4/20〆(2016.7月号掲載

 

傷めぬように掘り返すときぶちぶちとシャベルの先に絶つおとをきく

 

礼服の肩にみずから塩をかけくずれそうなる我ふりおとす

 

昭和的駄洒落をいえば少年のひとみの奥にアラスカの見ゆ

 

笑われんようになったらしまいやで鏡のなかでくちびるを噛む

 

ほろびゆくものだけがもつ眼底に棲むひかりもて春をむかえよ

 

むせかえる春の樹海よ女性用下着売場の出口のみえず

 

さみしいと言葉にすればたちまちにくずれゆきたる岬のありぬ

 

やわらかな陽を浴びてゆく雑踏でヴァン・ヘイレンの音量あげる

 

悔恨はふいにきたりぬ無洗米をふつうに研いでしまいしことの

 

言葉よりもたいせつなものをせきららにながれゆきたる川下でまつ

 

 

 

 

 

2016.5/20〆(2016.8月号掲載)

 

二十六年前の赤子がゆたかなる胸板のなか赤子をいだく

 

(いつかは我もこのようにして)息子らにのぞきこまれて赤子はねむる

 

あしたには散るかもしれぬゆうぐれのがんじがらめの駐輪の鉄

 

見送りの礼交わしつつ閉まりゆくエレベーターの扉がまたひらく

 

もうなにもうしないたくはないと言え ほろほろとゆく葉桜のみち

 

おもいのほかにちいさきコップみたしてもすぐにかわいて声をほしがる

 

ひさしぶりやね 春暮れにかちかちのあずきアイスを犬歯でくだく

 

ちちふさにうずもるときも暗がりにわれを見つめるくろき馬あり

 

閉ざされた世界にふたり先をゆくきみから二段おくれてくだる

 

ひそやかに熟れゆく果実 逢いたさはときに絵筆のさきをこぼれる

 

 

 

 

 

2016.6/20〆(2016.9月号掲載)

 

わが腕の先端、みぎてと菓子パンとひしめくはねをとおくみており

 

「さ〜て」とうサザエの声を靴下の穴からのぞくゆび越しに聴く

 

乙女座の順位十二位はつなつの午前七時に今日を捨ており

 

ネクタイを弛めてひとりずるずるとカレー南蛮ぞんざいに食う

 

つぎつぎと過ぎるくるまが照り返すひかり眩しき一点のあり

 

はじまりはおわりのきざし階調のうすき虚空をしろき鳥ゆく

 

三日後に六月となるゆうぐれに大盛りツユダクもてあましおり

 

息子より内祝いの品とどきたる六月三日こたつをしまう

 

扇風機にかおを近づけ湯上がりの声ふるわせる水無月 しずか

 

またひとつあきらめかたがうまくなり製氷皿のこおりをはがす

 

 

 

 

 

2016.7/20〆(2016.10月号掲載)

 

窓からは見えざりしみずにうっすらと包まれながらペダルをこぎつ

 

罪ということばの上に肘を置きほおづえ、鬼灯いろづく夕

 

洗剤の沁みてはじめて気付きおりひとさしゆびの細ききずぐち

 

窓外に傘ちらちらと咲きはじめ冷凍飯をレンジでほぐす

 

台所中にちらばる飯粒を拭きおえしのち焼飯を食う

 

ネオンを映す川面おだやか息子らは赤子をはさみ眠りおりしか

 

なつのそら映す水面をみだしゆく航跡のすじ、絵筆に逃がす

 

わからへんやつもいるよと山芋のからみつきたる蕎麦をすすりつ

 

鼻と鼻かさねあうとき春色の汽車に乗ってといううたをきく

 

憂いすべて分けあうようにくちびるを吸う  窓越しに夏を浴びつつ

 

 

 

 

2016.8/20〆(2016.11月号掲載)

 

雨音とわが内にある周波数あいはじめたり カーテンとざす

 

蒼天に干すしろきシャツぱんぱんと叩いておれば手のよごれつく

 

猛るように蝉時雨ふればわらわらと記憶の淵をあふれくる夏

 

水まわり点検業者が靴をぬぐせつな艶めくサイトを閉じる

 

ゆるやかに尿意の波のうちよせて組曲「惑星」じりじりと聴く

 

助手席に美女を乗せたるオープンカーのポルシェに鳥の糞の雨ふれ

 

ミーンミーンの音鳴りやまず伴奏のようにずずーと蕎麦をすすりつ

 

ふいに蝉鳴きやみおりしまひるまに放り出されたような あおぞら

 

皮膚うすきところに見ゆる静脈をたどってきみの潮騒をきく

 

あす死ぬとおもえばそらはこんなにもしたたるようにあつく溶けたい

 

 

 

2016.9/20〆(2016.12月号掲載)

 

きずぐちのかわく間もなくしくしくとおなじ航路を旅客機はゆく

 

負けるならきちんと負けよ溶けかけのアイスが棒にしがみつきたり

 

執着ひとつ解き放ちたるてのひらを秋にさらせば風の撫でゆく

 

街なかで生まれた歌を抱きしめた伏見町にてあなたを待ちぬ

 

これからも生まれつづける歌だろう秋の坂道ならんでくだる

 

さりげない永遠ひとつ手に入れて横断歩道のまえでわかれる

 

パプリカをはこぶ箸さき見つめおり吾にはえがけぬ絵を描くひとの

 

勝負下着というもののあり受けて立つ理由もなくてへらへら逃げる

 

所帯とは鉄の鳥籠あれこれを望まぬのなら抱かれてもよい

 

アリス紗良オット奏でる音階の海にかつてのこいびとと入る

 

 

 

 

2016.10/20〆(2017.1月号掲載)

 

パレットは常にいちばんあたらしい最後の夏のいろを残しぬ

 

ざんざんと降りやまぬ真夜ずぶぬれに罵声を浴びし日をおもいおり

 

ひんやりと秋をおもいぬウォシュレットのあらぶる水にあらわれながら

 

クラシックコンサートには緞帳がないよね  ならんで開演をまつ

 

もはやあらがうちからも失せてゆさゆさと真昼ふつうにおかされており

 

カーナビに吾はどのあたり  磔刑のごとき十字路ひりひりとゆく

 

つらいときのみにあがなうエクレアをカゴに入れるも棚にもどしつ

 

ああこれは夢だとわかる夢のなかすることもなく女湯のぞく

 

見たことはないのになつかしい海をあなたがくれた絵筆にたどる

 

大気圏をこえてはばたく鳥の目でサイドシートのよこがおを見る

 

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