■自らのいびきの音に起こされし真夜、秋雷のいつしかやみぬ
浴槽の蛇口ひねれば頭上より驟雨のごときシャワー降りたり
■たちまちに空は翳りてふらんすの速報をよむキャスターの声
■音ひとつなき秋の夜にさあさあと絵筆で奏でゆく麦の海
■元妻の文たわいなく廃線となりし軌条を犬が横切る
■夕焼けは生肉の色ぴんぴんと朝の寝癖のいまだなおらず
みどりごのまだひらかざるまなうらに棲むひかりもて冬はきたりぬ
灰色の雲うごかざるゆうぐれのあなたの舟に耳をすませる
ひと筆をのこして了える水彩のばらの花弁はあなたが咲かす
■あしあとをたどる雪の上さりさりとあなたのすきなものがたり読む
2015.12/20〆(2016.3月号掲載)
■くろき鞄あたまにのせてゆくひとのヒールのそこで跳ねる水沫
■舟ひとつ連れもどしゆくひきしおの師走のあさに伯父は逝きたり
■はつふゆの海はやさしくステンカラーにくろきネクタイ隠しつつ過ぐ
■ワイヤーのきしみたる真夜、上層の階でだれかがエレベーターよぶ
■それを処理しおえるまでを乗客はふゆの原野にとりのこされる
■誠実はひとりにひとつ艶めいた袋綴じなどひらかずに捨つ
はふはふと麺すすりいる三本の眼鏡のうちのひとつが曇る
■せかいから隔離されたるいれもののなかでほのおの芯をみせあう
■肩書きをとれば一個の草として初冬のかぜにゆれてふれあう
■炎天に見えざる銀河、たどるときあなたはふっと息をみだしぬ
塔出詠歌 2016
2016.1/20〆(2016.4月号掲載)
■トイレットペーパーの端を三角に折り曲げおれば師走のやもめ
■カップルではなやぐ店に我ひとりちいさき蝿にたかられており
■グチをきくことにも疲れジャパネットタカタの歌を母越しに聴く
■懐妊を息子夫婦に告げられし真夜、えびせんを正座して食う
■まよい来しこの道のさき正解のように立ちたる息子のせなか
減速とハザードランプ 前方をさえぎる闇が連鎖されくる
折り返しはともに越えしか透明な定規に透けるかろやかなゆき
■ふりむけば鏡のなかの湯上りの我の臀部の縦にわれおり
■かおとかおかさねるときの「ふゆ」と言う口のかたちでふゆをわけあう
とおまわりしてきたきみのほの熱き足の指間に舌を這わせる
2016.2/20〆(2016.5月号掲載
きづかないふりして彼は扉をしめる風の子ならば階段でゆけ
アイドルの解散話を聞きおりぬ右の鼻孔に指を挿れつつ
■味うすき麺すすりいる底いより粉末スープの袋あらわる
■ランナーたちをうつす画面がひたひたとかつてふられた角にちかづく
■喪いしことあらためておもいおり「志」とう薄墨の文字
■昼と夜が半々ならば人生のはんぶんはゆめ 湯たんぽを抱く
■晩冬の砂にうもれたくるぶしへ波くるごとに置き去られおり
■深紅なるリードの端を持たされたひとがチワワに連れてゆかれる
ほんとうのわが声を聴く ウォシュレットのあらぶる水にツボをおされて
■かいがらのようなる耳朶にくちびるをよせて未踏の夏へいざなう
2016.3/20〆(2016.6月号掲載
■玄界灘で今朝獲れたてのそしていま死にたてのその一片を喰う
塩を入れすぎたる鍋に湯をたしてひと月ぶんの味噌汁できる
濃紅はじょうねつのいろ牛丼のすみにこっそり情熱のせる
■「全う」とう言葉うつくしひんやりといまだ地中の蝉をおもいぬ
■その痕に耳をよせれば聴こえくるあなたの海よ てのひらを置く
■ソヨゴ否、クスノキか否、常緑にそそぐ冬陽をふたり見ており
満開から徒歩十分のリビングのニュース画像で満開を知る
書店ではやや買いづらき写真集Amazonで買い経費でおとす
からからと吸い込まれいる数粒の鬼、福なべてわが手を過ぎる
■このひととたどるのだろうゆらゆらとゆく草舟が海につくまで
2016.4/20〆(2016.7月号掲載
傷めぬように掘り返すときぶちぶちとシャベルの先に絶つおとをきく
■礼服の肩にみずから塩をかけくずれそうなる我ふりおとす
昭和的駄洒落をいえば少年のひとみの奥にアラスカの見ゆ
■笑われんようになったらしまいやで鏡のなかでくちびるを噛む
ほろびゆくものだけがもつ眼底に棲むひかりもて春をむかえよ
■むせかえる春の樹海よ女性用下着売場の出口のみえず
■さみしいと言葉にすればたちまちにくずれゆきたる岬のありぬ
やわらかな陽を浴びてゆく雑踏でヴァン・ヘイレンの音量あげる
■悔恨はふいにきたりぬ無洗米をふつうに研いでしまいしことの
言葉よりもたいせつなものをせきららにながれゆきたる川下でまつ
2016.5/20〆(2016.8月号掲載)
■二十六年前の赤子がゆたかなる胸板のなか赤子をいだく
■(いつかは我もこのようにして)息子らにのぞきこまれて赤子はねむる
あしたには散るかもしれぬゆうぐれのがんじがらめの駐輪の鉄
■見送りの礼交わしつつ閉まりゆくエレベーターの扉がまたひらく
■もうなにもうしないたくはないと言え ほろほろとゆく葉桜のみち
おもいのほかにちいさきコップみたしてもすぐにかわいて声をほしがる
■ひさしぶりやね 春暮れにかちかちのあずきアイスを犬歯でくだく
■ちちふさにうずもるときも暗がりにわれを見つめるくろき馬あり
閉ざされた世界にふたり先をゆくきみから二段おくれてくだる
■ひそやかに熟れゆく果実 逢いたさはときに絵筆のさきをこぼれる
2016.6/20〆(2016.9月号掲載)
■わが腕の先端、みぎてと菓子パンとひしめくはねをとおくみており
■「さ〜て」とうサザエの声を靴下の穴からのぞくゆび越しに聴く
乙女座の順位十二位はつなつの午前七時に今日を捨ており
■ネクタイを弛めてひとりずるずるとカレー南蛮ぞんざいに食う
■つぎつぎと過ぎるくるまが照り返すひかり眩しき一点のあり
■はじまりはおわりのきざし階調のうすき虚空をしろき鳥ゆく
■三日後に六月となるゆうぐれに大盛りツユダクもてあましおり
■息子より内祝いの品とどきたる六月三日こたつをしまう
扇風機にかおを近づけ湯上がりの声ふるわせる水無月 しずか
■またひとつあきらめかたがうまくなり製氷皿のこおりをはがす
2016.7/20〆(2016.10月号掲載)
窓からは見えざりしみずにうっすらと包まれながらペダルをこぎつ
罪ということばの上に肘を置きほおづえ、鬼灯いろづく夕
洗剤の沁みてはじめて気付きおりひとさしゆびの細ききずぐち
■窓外に傘ちらちらと咲きはじめ冷凍飯をレンジでほぐす
■台所中にちらばる飯粒を拭きおえしのち焼飯を食う
■ネオンを映す川面おだやか息子らは赤子をはさみ眠りおりしか
■なつのそら映す水面をみだしゆく航跡のすじ、絵筆に逃がす
■わからへんやつもいるよと山芋のからみつきたる蕎麦をすすりつ
■鼻と鼻かさねあうとき春色の汽車に乗ってといううたをきく
■憂いすべて分けあうようにくちびるを吸う 窓越しに夏を浴びつつ
2016.8/20〆(2016.11月号掲載)
雨音とわが内にある周波数あいはじめたり カーテンとざす
■蒼天に干すしろきシャツぱんぱんと叩いておれば手のよごれつく
■猛るように蝉時雨ふればわらわらと記憶の淵をあふれくる夏
■水まわり点検業者が靴をぬぐせつな艶めくサイトを閉じる
■ゆるやかに尿意の波のうちよせて組曲「惑星」じりじりと聴く
助手席に美女を乗せたるオープンカーのポルシェに鳥の糞の雨ふれ
ミーンミーンの音鳴りやまず伴奏のようにずずーと蕎麦をすすりつ
■ふいに蝉鳴きやみおりしまひるまに放り出されたような あおぞら
■皮膚うすきところに見ゆる静脈をたどってきみの潮騒をきく
■あす死ぬとおもえばそらはこんなにもしたたるようにあつく溶けたい
2016.9/20〆(2016.12月号掲載)
■きずぐちのかわく間もなくしくしくとおなじ航路を旅客機はゆく
■負けるならきちんと負けよ溶けかけのアイスが棒にしがみつきたり
■執着ひとつ解き放ちたるてのひらを秋にさらせば風の撫でゆく
街なかで生まれた歌を抱きしめた伏見町にてあなたを待ちぬ
■これからも生まれつづける歌だろう秋の坂道ならんでくだる
■さりげない永遠ひとつ手に入れて横断歩道のまえでわかれる
■パプリカをはこぶ箸さき見つめおり吾にはえがけぬ絵を描くひとの
■勝負下着というもののあり受けて立つ理由もなくてへらへら逃げる
所帯とは鉄の鳥籠あれこれを望まぬのなら抱かれてもよい
■アリス紗良オット奏でる音階の海にかつてのこいびとと入る
2016.10/20〆(2017.1月号掲載)
■パレットは常にいちばんあたらしい最後の夏のいろを残しぬ
■ざんざんと降りやまぬ真夜ずぶぬれに罵声を浴びし日をおもいおり
ひんやりと秋をおもいぬウォシュレットのあらぶる水にあらわれながら
■クラシックコンサートには緞帳がないよね ならんで開演をまつ
もはやあらがうちからも失せてゆさゆさと真昼ふつうにおかされており
カーナビに吾はどのあたり 磔刑のごとき十字路ひりひりとゆく
■つらいときのみにあがなうエクレアをカゴに入れるも棚にもどしつ
ああこれは夢だとわかる夢のなかすることもなく女湯のぞく
■見たことはないのになつかしい海をあなたがくれた絵筆にたどる
■大気圏をこえてはばたく鳥の目でサイドシートのよこがおを見る
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ひそやかに春は来たりぬ繋がれた子犬のながき毛をそよがせて
■記憶とはあやふやな棘 雨傘の襞の谷間が湿りておりぬ
■身震いをする犬のごと傘を解き五月驟雨の街へ出かける
降り立てばホームの風はうるさくて乗客だった過去をわすれる
■中学生のようにこそこそ久保さんと丸山さんと煙を吐きぬ
■海に浮くあぶらが放つ虹のごと新宿で聞くおおさかことば
減点一の調書とりつつ老巡査は目のみを上げて我を見つめた
■高速で唸りをあげる換気扇の羽根越しに見る春、白濁の
■刀身の血をはらうごと傘を振り逢いたきひとの待つ店に入る
■黄色いイカのようなる子らがぴちゃぴちゃと追い抜きゆけり春雨のなか
2015.6/20〆(2015.9月号掲載)
■二度寝から目覚めたような街をゆく犬にあくびをうつされながら
■朱に染まる高架をゆけばビルの間に患部のごとき陽が見えて消ゆ
■イリオモテヤマネコがすき好き勝手に生きてなおかつ大事にされて
■吹降りの雨に差し込むゆびさきの贖罪手記を閉じて去りたり
広辞苑に付箋をつけて閉じおればその勢いで付箋はがれる
■店員がコーラを置きて去りしのち続きを歌う「キューティハニー」
■「自由」とは「孤高」のこども香ばしい塩ラーメンを鍋のまま食う
■会ったことはないけどわかる快活な叔父貴のようなかごしまへゆく
とうきょうを偉ぶるひとに関西弁開放レベルMAXで笑む
■ひそやかに水位あがりて表情を悟られぬようその口を吸う
2015.7/20〆(2015.10月号掲載)
■息子夫婦をまつ夕つ方このようにかつては我を待ちしか父も
■テンピュール枕となりて向き合いぬ疲れたる娘が零すことばに
■注意書きの赤き文字のみ陽に焼けてそこのみ見えなくなる給湯器
はんたいの怒号ばかりが燃えさかりわが窓を染む 銃後のごとく
左耳ばかりくすぐる初夏のときには右の声も聴きたい
例年とくらべられても梅雨明けは我には常にはじめての夏
■新聞はビニール袋に入れられてあかつきのその手間を想いぬ
■フィナンシャルプランナーが描くまっさらな舗道を逸れて川へゆきたり
わが傘のさきよりながれゆく川ののびてちぢんでバスに揺られる
■ややとおい暗喩のようにじりじりと甘噛みしたるみみたぶの肉
2015.8/20〆(2015.11月号掲載)
自転車のサドルに置きし手の甲にしばし陽射しを載せてから発つ
『飛行』抄読み終えしのちあじさいの咲きいるなかにあぢさゐを見る
■祖母に手を合わせる横に童子とう文字きざまれし位牌のありぬ
浮上して顔を上げたる水面のながき終章を読み終えしのち
■訊かれれば地図くらい描く ニッポンはやさしい国と思われたくて
■諏訪ナンバーに道を譲りぬ おおさかはやさしい街と思われたくて
■老人に席をゆずりぬ いい人と思われたくてするわけでなく
■溶接工の面のようなるツバ広きサンバイザーとすれ違いたり
盆終えし改札口にはそれぞれが持ち帰りたる夏がさざめく
目覚めれば秋の匂いの澄みわたりまた一歩われは死へと近づく
2015.9/20〆(2015.12月号掲載)
■「はじめまして久しぶりだね」名前だけは旧知の友とかごしまで会う
■お若いのですねと言われ聞こえなかったふりしてそれを二回言わせる
■充電と称して喫煙所へゆけば亜子さん久保さんが常におりたり
身内の匂いに引き寄せられて座りたる後ろで小川ちとせさん笑む
互選歌を互みにえらびし酒井さんと晩夏の隅で褒めちぎり合う
■淳幸緒ぴりか(敬称略)とゆくファミレスメニューのフラッペ眩し
「みちづれ」を諳んじながら淳さんと西藤さんとゲートくぐりぬ
■離陸時の助走がトップスピードにさしかかる時おもかげうかぶ
■たましいが離脱する日を思いおり重き機体の浮きあがるとき
ふりそそぐ薩摩の肌をゆうらりと撫でいるように機影はゆけり
2015.10/20〆(2016.1月号掲載)
■回転寿司屋駐車場には元妻の車がありぬ うどん屋へゆく
■吾が詠みし元妻歌を元妻が知る日をおもう うどん伸びおり
■五時限目まで給食をもてあます児童のように麺をすすりぬ
死にばしょはここと決めしか西向きのサッシの溝にかわきたる蝉
■欲すればさらにさみしい秋雨の夜の底いで自意識ころす
■崩れゆきそうなる自我よ骨太な筆で一気に描くあきのそら
空に放てばかき消されゆくものならば我がためだけに声を聴かせよ
■すべてうちあけてしまえばからからと空のラムネに射す晩夏光
照準をあわせて便器にこびりつくよごれをおとす尿の奔流
無精髭にティッシュの屑の付きおりしことに気付きぬ夕つ方 秋
■バレンタインデーに興味はない顔で郵便受けを八度見にゆく
■郵便受けのなか横たわる封筒に「歌うたのしさ読むよろこび」の文字
義理ならばチョコは要らぬと嘯きてなにごともなくその日が終わる
■野菜とか肉の隙間に板チョコを忍ばせて買うバレンタインデー
■予定表に予定埋まらぬきさらぎの雲なき空をあおぞらと呼ぶ
暑いので袖をまくれば寒くなり袖をもどして一日を終う
■豹よりも豹柄の似合うご婦人が肉を見る眼ですれ違いたり
■〈開運食はイカとタコ〉とう占いの頁を閉じてくら寿司へ行く
■骨付きのチキンにしゃぶりつきながら思い出しおり細き鎖骨を
■今朝もまた水を遣るとき受け皿のみずの溜まりにはじめて気付く
2015.3/20〆(2015.6月号掲載)
■「なるはや」とは「なるべく早く」という略語なげかけられて社に戻りたり
「なるはや」といえば「国体」グーグルで検索すれどそんなものなし
■「ごごいち」は「午後一番」の略語なり納品のあとCoCo壱に寄る
木漏れ日がつくる斑な道をぬけグリーンジャンボを連番で買う
コンビニのレジで公共料金を振り込むひとに列は続かず
■どのレジも込み合いたれば買物の少ないひとのうしろに並ぶ
行列のレジで端数の一円をさがしあぐねて千円を出す
■二〇度を越える予報を聞きし夜フローリングに素足を置きぬ
■周回をかさねるごとに乾きゆくエンガワ二貫をまたも見送る
スパイスにいまだ痺れる舌先をわけあうように交わすくちづけ
2015.4/20〆(2015.7月号掲載)
■老いという実感いまだうすき春散らさぬほどの雨にうたれつ
■ぽつぽつと不安のように灯りゆく雨滴まとめてワイパーで掃く
薄紅の散り敷かれたる沿道に紺のスーツの群れを見送る
■米を研ぐ水やわらかき春の暮れ回転翼の音いつしか去りぬ
■あれから二年五年八年、とおざかる港のような春の在りたり
■異邦人の打ち寄す波にのまれつつどうとんぼりをひとり旅する
■ほそき道過ぎいる腕に触れしのち葉はしなやかに元へ戻りぬ
桜木にみっしりと咲く薄紅のはざまより見る仲春のそら
白雲をのこして描く陽春の空のかたちにそらいろを塗る
■雨ふればにわかに色づくさくらばな逢えぬ一日はなにごともなく
■スケッチを描くように母は語りおり我が五つの頃の小道を
いま永久に眠りしひとのあることを思えばきつき木犀の香
冬ちかき陽射しのようなおもざしに未生以前の記憶をたどる
■予定表埋まりつつある年末の雲の切れ間にあおぞらを見る
■それぞれを補わせつつ色と色にじませながら書く年賀状
鼻をかむ日曜のあさ無精髭のティッシュのカスに気付く夕方
■我の名に昨夜の雨をにじませて喪中はがきがまたひとつ来る
なぜに絵を描くかという問いに答えつつ思いだしおり詠う理由を
■冬の夜を列車はゆきぬ世界から隔離されたる方舟のごと
■となりあう座席にうもれ誰からも見えぬ死角で交わすほほえみ
2015.1/20〆(2015.4月号掲載)
■イアフォンをはずした耳にさわさわと師走の音が戻りはじめる
■年末に皿うどん食う最後まで取り置くうずらの白を見ながら
中高生のノロケ話に挟まれてひとりマクドでブラックを飲む
■クレンジング用品一式洗面の物入れにあり 誰のだっけか
■ラの音にあわせ整いゆく弦のあなたの呼吸に耳を澄ませる
■黄信号に阻まれてみたり遠回りしたりしながら送りとどける
■助手席の残り香に手をさしのべて赤信号を越えそうになる
■ほくほくと飲み干したるに缶底のコーンの粒が降りてくれない
新年を告げる〈ゆく年くる年〉のひそかな蒼き火のように恋う
■厳冬のひかり保ちて揺れおりし雨滴まばらな電線に添う
暖色に染まる心斎橋筋のハウンドトゥースを窓越しに見る
■猥雑なはなしをしよう平日のビジネス街に舟をうかべて
本町の放置禁止のペイントのうえに置かれた自転車ふたつ
他人にはけして話せぬことばかり話してしまう 本町通り
■あこがれを子猫のようにもてあます九月、蝉鳴く箕面公園
阿波座から京町堀へあのころのおもかげさがす首が疲れる
■子供らと遊んだ土地にビルは建ち知らない国を見るようにみる
千日前を西へ向かえば千代崎の右にまあるい屋根見えきたり
■四三号を越えて二筋目を左折バーミヤンにてつけ麺を食う
■図書館の向かいのロイホの一角に隔離されつつニコチンを摂る
2014.10/20〆(2015.1月号掲載)
■夕空へ消えゆくものをかわきたる穂先ねかせてきれぎれに描く
■子の妻に「パパ」と呼ばれた墓参道ふりかえらずに「おゝ」と応える
パパという呼び名に深い意味はなく女を囲う甲斐性もない
■父は子にとにかく肉を食わせたい生き物らしい上ハラミ焼く
■ホルモンは息子夫婦に薄切りのカルビは母にかぼちゃは我に
■喫煙の本数は増え不甲斐なき己を嘆く体を繕う
■ふんふんと不倫ドラマをひとごとのように観ており茶をこぼしつつ
■ローソンで便所をお借りしたあとに特に欲しくもないガムを買う
■一年の油よごれを落とすためベートーヴェンのチケットを取る
菓子棚で叱られおりし幼子と目が合わぬよう通り抜けたり
2014.11/20〆(2015.2月号掲載)
■おだやかに秋は過ぎおり暖色の絵の具ばかりを痩せ細らせて
■九年ぶりの眼科へゆきぬ九年といえば離婚をするまえの眼
■九年前わが目は何を見てなにに見ぬふりをしていたのか 妻の
名前などいまはいらない 筆さきに水を多めに含ませて描く
ゆるやかにせわしくなりし霜月の便器の蝿を小便で追う
勝ち負けの螺旋を降りて仰ぎみれば秋風はただ秋に吹くかぜ
■名前さえ薄れかけたる知り合いの孤独死、はるか人づてに聞く
見上げれば此岸彼岸のあわいなどどうでもよくて億千の星
■いくたびの出逢いをかさね来世を迷わぬために横顔をみる
■銀色の棺のような箱のなか喪中はがきがまたひとつ来る
◎てのひらのたまごを包むまなざしで宰相が説く権利いくつか
ぽつぽつと降りはじめたり弾雨にもなり得る明日を夜に潜めて
はてしなくデモはつらなる国ひとつ覆えるほどの渦の真下を
■硝煙のようなる霧をただよわせ豪雨はわれらに垂直にふる
■閃光ののち響きくる雷鳴にかき消されたる撃鉄の音よ
圏内に収まるわれらもろともに驟雨を浴びてはつなつに佇つ
見上げれば七月のそら弾道のようなる雲がわれを横切る
■酒瓶のなかの帆船きらきらと六十九年の窓を飾りき
■ひとりひとりに流れる河へてのひらを浸しつつ書く選歌欄評
降る雨はパールグレイのカーテンのようにやさしく我を閉ざしぬ
2014.8/20〆(2014.11月号掲載)
かわきたる喉潤せば息を吹きかえすひとつのかなしみのあり
■夏カレーかきまぜながら我だけに見せるあなたのよこがおがすき
■透きとおる水を穂先にふくませて画用紙に書くあなたのなまえ
透明なふくろに二尾をおよがせてひらり浴衣の向日葵がゆく
■手花火をかたむけるひとの顔の面にこまかく揺れる火影まばゆし
残し得ぬおもいでならば手花火にくすぶる夏を水にしずめよ
■残像をかかえてわれら手花火の軸ちらばりし砂浜に佇つ
はつなつの水弾きたる賀茂茄子の侵されざりし闇のありたり
■大阪をあまたながれる淡水の解けゆく果てになみなみと海
■あなたの歌を連れていでたる初夏のフロントガラスに海はひろがる
■震災の時刻にひとり窓を開けひと繋がりの春を仰いだ
■詠む前にするべきことがあるようで未だに詠めぬ震災のうた
行方不明者数多いるとき鎮魂歌つどいし人らの善意のゆくえ
■少年が歩道に花を手向けいるテレビを消せば我うつりたり
■あの春にそろえた防災用品のペットボトルが期限を過ぎる
■春眠をつづける上町断層の真上で我はめしを食いおり
■なにひとつ疑いもせずカーナビは三年前の道を映せり
■きっかけがほしいさんがつ裸木は無数の枝で蒼天をつく
春ちかきそら仰ぎ見るまひるまの見えざる星を指で追いつつ
■なごり雪のせてさくらは静脈のようなる枝をそらに広げる
2014.4/20〆(2014.7月号掲載)
■待ち合わせ場所の墓前で我を待つ息子夫婦の背に春がふる
■合掌を終えて見やれば息子らのふかき祈りのいまだ終わらず
■ファミレスで息子夫婦にステーキを勧める我はひさびさに父
■もはや数知れぬ場面を食いしばりきたりし奥歯を今日抜くという
■渾身のちからを込めた歯科医師が我の頭蓋と歯を引き剥がす
■舌先で探ればそこに在りし歯の一本分の空白がある
前世は妻でありしか理屈では語れぬひとと麦酒を交わす
濃密な麦酒の色に綴じたまま思いだせざる記憶のありぬ
■今生を生きたるわれらふんわりと麦酒のうえの泡沫を飲む
■ほの暗き店の灯りに閉ざされていま、来世を信じたくなる
2014.5/20〆(2014.8月号掲載)
■満開になれば賑わう城郭もみどりが充ちて人まばらなり
我が着ぐるみの綻び修繕するごとく人間ドックに予約入れたり
■検査へと我が身を運ぶむせかえるような五月の葉むらをぬけて
■オプションの検査項目それぞれに税込み価格が記されており
問診票のチェックを入れるマスの目がすずなりなれど空白で出す
■バリウムと下剤飲まされぐりんぐりんと許されるまで回されている
■「通信制大学へ行く」と公務員の息子二十四決意の四月
■学ぶことは尊きことと高卒の我は息子の背をぽんと押す
職場からの入試の許可が降りぬ由 元気出しなとLINEを送る
海の色あふれるように咲く花を八十三の父に贈りぬ
2014.6/20〆(2014.9月号掲載)
■天気図は西からくずれあのひとと今年もおなじ梅雨をむかえる
震源地をしめすテロップ待つときの長きせつなに息ひそめおり
■日曜朝の初戦にやぶれニッポンの梅雨晴れのした行くあてもなく
■父がもし先立ったなら大阪へ呼ぶよと言えば母は笑えり
■酒煙草博打女のいずれをもたしなまぬとうつまらぬおとこ
■十四ヶ月ぶりに煙草に火をつけて吸う必要のないそれを消す
いい言葉は人生を変えるという本の積まれておりぬダイソーの隅に
■級友の墓前につどうともがらとわれの頭上に日照り雨ふる
■落款の文字かすれたる水墨のほそき葉脈に見るいきづかい
『海越ゆる』という名の色をにじませて画紙いちめんに夏をはじめよ
]]>光年を隔てて見ゆるいまはもう跡形もなき星の残像
ささやかな風にまぎれて蒼天にふる雪をまつ恋かもしれぬ
■銃身のようなる枝にいまもなおしがみつきたる蝉の抜け殻
■磨り硝子越しに見ている家政婦を覗き見ている家政婦二号
嘘をつく時はかならずクロールでちからいっぱい目が泳ぐ人
■中指と人差し指を丁寧に揃えた指でお寿司を食べる
■パジャマ着てナイトキャップで外へ出る人はたいてい腕組みをする
骨付きのチキンにしゃぶりつきながら思い出してるあなたの鎖骨
■カーネルに罪など全部おし着せて道頓堀へぶち込めハニー
タラちゃんが走った時に出る音で今シーズンの彼を占う
2013.12/20〆(2014.3月号掲載)
■暑かった今夏を額にとじこめて真冬にひらく水彩画展
すきとおる冬の呼吸を窓外に聴きつつ夏の絵をならべたり
■現世から隔離されたるここちして個展会場より外を見る
■それらの絵えらぶ人らにそれぞれの理由がありて夏の絵を売る
■ふと客が途切れたときの静寂に歌いはじめる水彩画たち
■気がつけば五分十分 売約の絵の前にいて其れを見つめる
走馬灯のようなる日々よ旧友や知人先輩つぎつぎに来る
■一瞬の光りを描く 我々の死後もそそぐであろうひかりを
■夢中とは夢の中なり夢中にて描いた夜が思いだせない
■子の描きし夏の景色を父母は噛みしむようにゆっくりと見つ
2014.1/20〆(2014.4月号掲載)
蕎麦のうえ鎮座まします海老天は衣に比して身が五割弱
■四十五度に座椅子かたむけ紅白を観れば吼えいる泉谷しげる
紙吹雪に鼻を塞がれませぬよう祈りつつ観る北島三郎
■うたた寝をしていたのだろ天童よしみ付近の記憶が抜け落ちている
紅白の熱をゆく年くる年に冷まされながら新年を待つ
新年の時報を挟みひとしれず足掛け二年の小便をする
■おめでとういやこちらこそ洗面の鏡に向かう独り身のあさ
■かまぼこの板は木目に墨汁が走るので表札には向かない
弾力のせいかもしれぬ 蒲鉾を噛むわれの歯を押し返すのは
■正月のテレビを観ればかまぼこのような目をした人たちばかり
2014.2/20〆(2014.5月号掲載)
何をされているのかさえもわからずに歯科医の技に我をゆだねる
■歯を削る音ひびくたび無意識に削られまいと力む奥の歯
歯科助手は美人が多い そういえばここ二、三年キスをしてない
■歯科助手の胸ちかすぎて我が国の為替相場へ意識を逸らす
歯科助手の胸が触れたる右の肩 今日はお風呂に入らずにおく
年始回り(他社)の後尾に貼り付いて仲間意識をひとり味わう
■一心に米を研ぐときくるくるの渦に魅入って立ち眩みする
健康のためにと大阪城へ行き二周歩いて即風邪をひく
■眼鏡してマスクをすれば呼吸するごとに視界はくもる 冬だね
■会話するようにかれらの足音が寄り添いながら雪をふむ。きゅきゅ
まだ弱き六月の陽よ紫陽花は夏を知らずに毎年を死ぬ
■プールより上がりしせつなずっしりとのしかかりたる我のうつしみ
わが身より滴るみずが水無月のプールサイドにつくるみずうみ
■スクリーンから光はあふれ観客の顔を照らして脇役は逝く
■まっさらな冷やし中華のポスターが梅雨空のした夏をはじめる
■炎天に佇ちたる樹々は側道の隆起のままに影を這わせり
陽がつよくなれば深まる街路樹の影に潜める我と猫あり
■しなやかに流れゆきたる本道を逸れてまだ見ぬ夏へ行かぬか
パレットにこびりつきたるくれないのかつての夏を暮れ染めし空
■群青のしんと沁みたる筆先をあらい流せばほどけゆく海
2013.7/20〆(2013.10月号掲載)新樹集
◎夏ならば海を聴かせよ群青の絵の具を画紙に解き放ちおり
筆先を水にすすげば群青の色を失いゆくまでの海
◎パレットに乾きかけたるくれないを洗う指間に夏はこぼれる
あれは海あるいは火焔なまえさえ知らざる色で夏の絵を描く
◎絵筆をそそぐ筆洗のみず混ざりあうほどに濁ってゆくだけの空
◎閉じた目になおも眩しきはつなつの陽を横切るはかもめなりしか
◎海道は夏に添うみちゆるやかなカーブをふたりかたむきながら
◎エターナルとはやさしき言葉ひと夏をむさぼるように蝉時雨ふる
炎天下コンクリートにいま空を仰ぎし我の影きざみたり
生きるとは切り拓くことクロールで泳ぐ我が掌がつくる水沫
2013.8/20〆(2013.11月号掲載)
■この渋滞は帰省の列かリアガラス一枚ごとに空を映して
もれ聞こえくる球児らの熱戦にサラリーマンは足をとめおり
■ホームベースに球児は集うヘルメットひとつひとつに朝日を載せて
■同じ空同じ時刻に飛ぶ白を球児らは追うおなじ角度で
■甲子園の土すくいいる球児らを地を這うようにカメラは追えり
縦横に這う電線を見上げおりがんじがらめの青空のした
望まねば失うこともなきものを未明の空に遠雷を待つ
■音のない花火のように手放してきたものたちが我を照らしぬ
一輪も生けたことなき花器ひとつひんやりとして秋を待ちおり
母に教わりし歌謡を口ずさむように日暮れの夏を描きぬ
2013.9/20〆(2013.12月号掲載)
■台風がくるたび人が死ぬ国をながれる河は海にもどりぬ
雨脚の強まるごとに血脈のようなる河を壊してみずは
弓なりの島を這いいる台風のやがて死にゆく予定図をみる
ざあざあと間断なく降る雨音に閉ざされし夜、橋の絵を描く
欠航の文字あおぎ見る人達が眼に宿らせるそれぞれの海
■濁流にのまれそうなる渡月橋を見ていつ異国の動画のように
■横降りの雨に叩かれリポーターたちはそれでも傘をはなさず
携帯が知らせる避難勧告に振り分けられる地盤、街、ひと
■見上げれば速き雲足ともすれば街が動いているかもしれず
■嘘のように晴れた翌日そうやって忘れて人は朝飯を食む
2013.10/20〆(2014.1月号掲載)
第一回口頭弁論期日云々〜
裁判所から元妻へ届きたる出頭命令の封書ぶ厚き
■督促状〜催告書から訴状へとハマチはブリに肥大してゆく
「答弁書 書き方」等を調べいる我に「教えて!goo」はたのもし
■原告と被告のはざま我だけはカヤの外とは言い出しきれず
■元妻と債権回収会社へと向かう日、皮肉なほどのあおぞら
■免責を受けたる我に法律は優しい(もっとやさしくしてね)
■誠実をふりまきながら頭を下げる かつての妻と息をあわせて
■告訴は無事に取り下げられたし週末は秋を探しに行こう(ひとりで)
もう会うこともないと思えば元妻の目にうっすらと嘘泣きの水
■弱点を知り尽くしたるお互いが其処には触れず道をわかれる
前線の報いまだ来ぬゆるやかな真夜ひんやりと素足になりぬ
三月の陽を浴びながら廃品のソファのうえで猫は眠りぬ
ほしいのは確かなるものどんよりと黄砂の海に飛行機を追う
疵ひとつなき中古車に残りたる右折のときのハンドルの癖
おもいでになる筈だった三叉路を空走距離の間に過ぎゆきぬ
日曜真昼珈琲館のウインドウ越しに見ているどしゃぶりの春
収監を想起させおり日曜の喫煙室に窓ひとつなく
ふと顔を上げては我を見るときの眼鏡にうつる三月の空
路肩にて吹き込む風をハザードに刻みつけたる春の数秒
白線を越えたる我に中吊りの前田敦子はほほえみおりぬ
えいきしとうくしゃみをひとつするごとに思いだしたる父のえいきし
かすかなる祖父の記憶をゆりおこし揺り起こしたり祖父のえいきし
三代に渡るえいきし一堂にならべて聞いてみたい気もする
えいきしがひとりの部屋にこだましてひとりは嫌だと思いつつ寝る
春の破片を拾い集めてきたようなベッドにひとり風邪をひき寝る
仰ぎ見るカーブミラーの内外にむせかえりたる葉叢のみどり
チゲ鍋を取り分けながら無造作に我の名字はきらいかと問う
うすべにの雪のようなる道をゆく今年の春をあきらめながら
満ち潮のしずかに嵩を増すように我を吸いいる採血の針
刻々とかわりゆきたる夕空のその一秒をわかちあいたき
2013.5/20〆
街路樹は一列に立つそれぞれに率いる影をまじわらせつつ
窓外を車が走り去るごとにきらりと我を射す反射光
晴天の風はこび来る雨ほどのたまさかなりし想いにあらず
全車線みなみへ向かう道のごとあらがいきれぬ想いのありぬ
からからな感傷ひとつながめいる四月某日離婚記念日
土曜日の風ふきぬけるリビングにたかぶる春よ 海にいこうか
あこがれはあこがれのまま遠ざかるヒコーキ雲に春と名付ける
陽のあたるところをよけて鉛筆を走らせながら影をかさねる
目の粗き画紙にすべらす鉛筆の芯さくさくと春をかさねる
デッサンの線くるいたる街並に架空の鳥を二羽とばしおり
2013.2/20〆
ふたたびの春へ向かえりブレーキをふみつづけたる足をゆるして
青、青、青を伝えゆきたる信号にうながされおり風やわき午後
幾重にもつらなる尾灯そのうちのひとつとなりて夕景となる
昼と夜のさかいめは皆それぞれにいまだ灯さぬ車の多数
廃城のごと聳えたつ三セクをかすめるようにゆくメルセデス
昔日の街をゆきたり手触りのうすき記憶を眸にさずさえ
たましいの触れあうおとか奥底にねむる鼓膜をふるわせる声
ほとばしるもの鎮めたるにわたずみわが内にあり空を映しぬ
シロップは琥珀の海をゆらぎおりいま伝えたきものを燃やして
味うすき麺食みおえし底いよりスープの袋うき上がりたり
2013.1/20〆
たっぷりと水を含んだ画紙のうえ赤は白夜をゆく犬となる
水彩紙にやさしき色の滲みゆくゆるやかさにてひとを想いぬ
蒼天に舞う雪ひらり言葉にはならぬことばを風にゆだねる
いっこうに動かぬ雲を見上げいる首に脈うつ我のせつなは
真昼間にうく月おぼろ近くとも手の届かざるひとを想えり
もちをつくうさぎの面のうらがわに我の知らざる月夜はありぬ
部屋の灯を消さずに眠るすこしだけこころの皮膚のうすき夜更けは
えいえんは良きもの、という前提をうたがうことではじまるあした
筆跡を指で辿ればいまやっと出会えたようなひとの面影
洗顔の水はつめたく真冬日の生命線をきざむてのひら
2012.12/20〆
深海のような青へとゆるやかにのぞみ始発は今日をはじめる
乗客はみな眠りたり片頬に朝のひかりを等しく載せて
太陽がのぼる角度に田園の案山子の影は縮まりゆかむ
富士山はねぼけ眼を一瞬で目覚めさせいるちからをもてり
晩秋の色あふれたる山並みをときおりざんとトンネルは断つ
トンネルに色奪われし車窓にはモノクロームにしずむ我あり
音もなく田を撫でわたる晩秋の清しき風を車窓より見る
思慕ひとつ持てあましたる秋空にヒコーキ雲は生まれつづける
まどろみの余白によぎる面影を追うようにして帰るおおさか
マフラーに顔をうずめて蒼天にふる雪をまつ恋かもしれぬ
2012.11/20〆
一面にすすき群れいる高原へ秋をたずねてゆく阪和道
山肌をとおく見やれば渦潮のようにさざめくすすきはありぬ
タイヤより伝わり来たる山道の舗装されざる素肌けわしき
幾重にも連なりおりし稜線の青、だんだんと薄れゆくあお
我が髪を乱して去りぬ突風のすすきの海におこるさざなみ
子をあやすようにすすきは豊かなる穂を泳がせて風をあしらう
我が背丈とうに越えたる幾千の穂のすきまより秋天をみる
閑寂な往路を避けてダム沿いに秋ふきだまる道を帰りぬ
気道より吸いこむ冷気さみしさは我の芯まで沁みわたりゆく
夕闇の空をあおげば残照のいまだくすぶる雲ひとつあり
2012.10/20〆
昔日と変はらぬ空を見上げをり五十回忌の道のすがらに
会ひしことなき祖母なれば尚のこと恩知る寺へ逢ひにゆきたり
玉砂利をふむ音かろき父母の歩にあはせつつ参道をゆく
三門をくぐりし頬を撫でゆかむ清しき風に洗はれてをり
蝉すべて息絶へをりし静寂に樹齢ひさしき樟は佇ちをり
秒針の止まつたやうな本堂の甍のうゑを旅客機はゆく
天井たかき伽藍のうちにちんまりと佇みをりぬ祖母の位牌は
吾がゆびを零れおちたる抹香のゆらめきながら透きとほる白
僧正のこゑ打ちよせる潮騒のはざまにうかぶ祖母の戒名
そののちも残るであらう店ばかり選りたる父母と長楽館に入る
隧道はなかばを過ぎて半円に彩る夏へ我は向かえり
炎天の廃線たどる靴底を焦がすはいつの擦過なりしか
踏切を過ぎゆく我を抱きよせてまた突き放す喫緊の赤
始発駅ホームに射し込むやわらかなひかりの中に初蝉を聴く
幾重にも入り組む高架すりぬけて肩にふり来る水無月のみず
対向車ゆきかうせつな輪光は我をつつみて夜へ捨てさる
合流に道をゆずれば”室蘭”はハザードふいに二回点せり
陽が翳ればたちまち影に呑まれゆく国道沿いに我は立ちおり
蝉時雨ふいになりやむ静寂に放り出されるあおぞらの青
つぎつぎと青へとかわる御堂筋ゆくあてなくもこころ浮きたつ
2012.8/20〆
甲子園を飛び交う方言それぞれに等しく注ぐ蝉の夕立
グラウンドの土鎮めいる散水の飛沫にかかる虹を見ており
ホームへの標とならむ白線をまっすぐに引く整備係は
無死満塁 マウンドへ向き手をひろげ捕手は溢れるように笑えり
孤独なるマウンド上に少年は輪郭つよき影をうつせり
終戦の頃と変わらぬ空にむけ快音を放つ球児はつらつ
三塁コーチは打球のゆくえ追いながらちぎれるほどに腕をまわせり
午後の陽が傾くほどに分たれぬ日なたの土と日陰の土は
ゲームセットの声響くなか塁上のランナーしばし動けずにいる
顔を上げて他校の校歌聴きおりし少年達に夏の風ふく
2012.9/20〆
そびえたつプールの壁に少年は輪郭つよき影をうつせり
少年が花手向けいる報道をぷつりと消せば我うつりおり
他府県のナンバー集う八月のサービスエリアに降る蝉時雨
長距離バスの扉はひらき聞き慣れぬ訛りの人らそぞろあらわる
函館のナンバープレートにこびりつく土そのままにトラックはゆく
水門のなかば閉じたる川辺にてきみが羽織りし朱のカーディガン
ゆるやかにカーブを描く夕暮れのバックミラーにとおざかる夏
廃館の文字さやかなるくろき扉のひんやりとして夏をとじゆく
ひたむきに伸びるヒコーキ雲ひとつ見上げるごとにほどけゆく白
あかねさす九月の海よ父母の車窓を染めて単線はゆく
2012.06/20〆
隧道をぬけて一面むせかえる葉むらの海を貨車はゆきたり
路面電車のほそき軌道に交差するゼブラゾーンを蝶は舞いおり
廃駅のホームにのこる陽に灼けたベンチのうえを夏の蝶ゆく
まっすぐに連なる車窓それぞれのひかり宿して夜行はゆきぬ
上下線ならぶ軌条のそれぞれを等しく照らす八月の雨
鉄橋を越えゆくごとに喝采のようにさざめくすすきのひかり
小田原を告ぐアナウンス 知らぬ間に箱根の山を我は過ぎたり
海鹿島駅のベンチの背もたれにさしみしょうゆの看板ありぬ
単線の軌条はてなく陽炎のゆらぐ夏へと吸いこまれおり
乳色の路面電車がとおざかる立夏 とうふを無造作に切る
]]>みっしりと群れをなしいる真鰯のひかりの海を鮫はゆきたり
一枚の大きなる布なみうたせエイは舞いおり水槽の空
水槽に飼われる烏賊は泳ぎおり半透明に身をよじらせて
蒼天のいろさえ知らずペンギンがあおぐ檻舍の天井のあお
堅きかたき鱗の内にピラルクは原始のしろき記憶綴じおり
水槽にジンベイザメは泳ぎおり背に満天の星をちりばめ
鉄塔はなにをとむらう五線譜のごとき架線に鳥ちりばめて
打ち消せど打ち消せどなおワイパーを無惨にたたく土砂降りの雨
鍵のなき老父の書斎にかざられし運河の油彩を我は愛する
ありふれた街の素描にくれないの絵の具をともす老父の指先
2012.04/20〆
地図のうえ我の知らざる土地の名をなぞれる人の爪の三日月
根府川の駅より見ゆる我知らぬ我をも知らぬ海のまぶしさ
満開をしらせる記事の空白に極刑の文字透けてみえおり
満ち潮のしずかに嵩を増すごとく我を吸いいる採血の針
蒼天のおぼろなる月浮かせいる川とは海をめざすいきもの
二十二の頃に流行りし恋うたのただやみくもに高き音律
ただ一樹いまだ散らざるさくらあり潔さとは尊きことば
さしのべてなお届かざるふたつの手描かれおりぬファミレスの絵には
深夜、ファミレスの壁には贋作のイエスの絵あり空を見ていつ
対岸にいま咲きほこる薄紅をうつす川面にふる小糠雨
2012.03/20〆
なにひとつ受けとめられぬてのひらの熱にきえゆく一抹の雪
ふがいなき今日を終えゆく暮れ色の紅茶にうすき檸檬しずませ
借りものの上衣ぬぎすて冬ざれの白梅町にて白梅をまつ
号外を貰いそこねて歓声の青海に我と猫だけが浮く
ぼろぼろの楽譜を閉じて仰ぎみるカーブミラーの葉叢のみどり
菜の花は何にさざめく廃線となりし軌条にふる天気雨
しばし鳴りやがて鳴りやむ近隣の呼び鈴のなか春風をまつ
ピアノの音ふいにとぎれて初桜うながすようにほそき雨ふる
春風にそよぐ鈴蘭だきしめて俯くひとに逢いにゆきたし
帯状のテールランプをあかつきの歩道橋より解き放つ春
]]>■2012.02/20〆
またひとつとおざかりゆく 公園の錆びた玩具にふりつもる雪
竣工をみずに朽ちたる鉄骨の腕まっすぐに夕空をさす
吉凶の記されし文結う枝を白く染めゆく幾千の蝶
夕闇の深まるごとに仄白く浮かぶ陶器のようなさみしさ
小夜時雨たどりつきたるファミレスの座席に残るひとのぬくもり
行くあてもなく仰ぎみる冬空はかすかな雨を降らせるばかり
あたたかき雨降りの日の森ノ宮駅にて春の産声を待つ
二つ三つ付箋をつけて渡されし歌集に我の知る海のあり
わすれもの置き場にならぶあざやかな傘を横目に改札を入る
遮断壁のとぎれるごとに南紀へと向かう窓よりあふれくる青
2012.1/20〆
眩しいほどにその影は濃く 強引な西日の縁にてのひらを切る
まもられているのであろうあの人の咲かせる傘にふる桜雨
匂いたつ桜並木を焼きつける 春をあなたの季節と決めて
老画家はやさしき水をふくませる とりとめもない痩せた穂先に
ゆびきりを交わした指のぬくもりにおちては消える一抹の雪
父母のいまを西陽に焼きつけて残り少なき日めくりを繰る
わたくしの影をかさねた母の背に柔き西日をみる墓参道
まっすぐに歩道をあゆむ 三越のライオンを背に待つ母のため
ありがとう 触れ合う袖の隙間から芽吹く綿毛をふわり飛ばせる
こもれびの枝葉を透けてふりそそぐ詩の行間をまどろむふたり
2011.12/20〆
夕焼けに染め尽くされたこの部屋でひとり女が剥く落花生
夏の日のおもいですべて浮き輪からすうっと放つひぐらしの空
破裂したポストは空に滲みゆく 抱えきれないものを焦がして
遠雷にヘソを隠したあの夏の祖母の笑顔がにじむ送り火
時計とは逆に回した洗濯の渦 戻せない記憶がたわむ
水溜まり澱む水面のあおぞらをしずかに映すただしきちから
羽田発一二五便この街を撫でる機影にこめるサヨナラ
曇りガラスを片手で捺せばてのひらのかたちのなかに冬は息づく
新郎となりし息子へ黎明の冬の星座をひとつおしえる
些細なる影ひとつさえ欺かぬ真冬の水に浸す踝