2013.2/20〆
ふたたびの春へ向かえりブレーキをふみつづけたる足をゆるして
青、青、青を伝えゆきたる信号にうながされおり風やわき午後
幾重にもつらなる尾灯そのうちのひとつとなりて夕景となる
昼と夜のさかいめは皆それぞれにいまだ灯さぬ車の多数
廃城のごと聳えたつ三セクをかすめるようにゆくメルセデス
昔日の街をゆきたり手触りのうすき記憶を眸にさずさえ
たましいの触れあうおとか奥底にねむる鼓膜をふるわせる声
ほとばしるもの鎮めたるにわたずみわが内にあり空を映しぬ
シロップは琥珀の海をゆらぎおりいま伝えたきものを燃やして
味うすき麺食みおえし底いよりスープの袋うき上がりたり
2013.1/20〆
たっぷりと水を含んだ画紙のうえ赤は白夜をゆく犬となる
水彩紙にやさしき色の滲みゆくゆるやかさにてひとを想いぬ
蒼天に舞う雪ひらり言葉にはならぬことばを風にゆだねる
いっこうに動かぬ雲を見上げいる首に脈うつ我のせつなは
真昼間にうく月おぼろ近くとも手の届かざるひとを想えり
もちをつくうさぎの面のうらがわに我の知らざる月夜はありぬ
部屋の灯を消さずに眠るすこしだけこころの皮膚のうすき夜更けは
えいえんは良きもの、という前提をうたがうことではじまるあした
筆跡を指で辿ればいまやっと出会えたようなひとの面影
洗顔の水はつめたく真冬日の生命線をきざむてのひら
2012.12/20〆
深海のような青へとゆるやかにのぞみ始発は今日をはじめる
乗客はみな眠りたり片頬に朝のひかりを等しく載せて
太陽がのぼる角度に田園の案山子の影は縮まりゆかむ
富士山はねぼけ眼を一瞬で目覚めさせいるちからをもてり
晩秋の色あふれたる山並みをときおりざんとトンネルは断つ
トンネルに色奪われし車窓にはモノクロームにしずむ我あり
音もなく田を撫でわたる晩秋の清しき風を車窓より見る
思慕ひとつ持てあましたる秋空にヒコーキ雲は生まれつづける
まどろみの余白によぎる面影を追うようにして帰るおおさか
マフラーに顔をうずめて蒼天にふる雪をまつ恋かもしれぬ
2012.11/20〆
一面にすすき群れいる高原へ秋をたずねてゆく阪和道
山肌をとおく見やれば渦潮のようにさざめくすすきはありぬ
タイヤより伝わり来たる山道の舗装されざる素肌けわしき
幾重にも連なりおりし稜線の青、だんだんと薄れゆくあお
我が髪を乱して去りぬ突風のすすきの海におこるさざなみ
子をあやすようにすすきは豊かなる穂を泳がせて風をあしらう
我が背丈とうに越えたる幾千の穂のすきまより秋天をみる
閑寂な往路を避けてダム沿いに秋ふきだまる道を帰りぬ
気道より吸いこむ冷気さみしさは我の芯まで沁みわたりゆく
夕闇の空をあおげば残照のいまだくすぶる雲ひとつあり
2012.10/20〆
昔日と変はらぬ空を見上げをり五十回忌の道のすがらに
会ひしことなき祖母なれば尚のこと恩知る寺へ逢ひにゆきたり
玉砂利をふむ音かろき父母の歩にあはせつつ参道をゆく
三門をくぐりし頬を撫でゆかむ清しき風に洗はれてをり
蝉すべて息絶へをりし静寂に樹齢ひさしき樟は佇ちをり
秒針の止まつたやうな本堂の甍のうゑを旅客機はゆく
天井たかき伽藍のうちにちんまりと佇みをりぬ祖母の位牌は
吾がゆびを零れおちたる抹香のゆらめきながら透きとほる白
僧正のこゑ打ちよせる潮騒のはざまにうかぶ祖母の戒名
そののちも残るであらう店ばかり選りたる父母と長楽館に入る