菜の花は何にさざめく廃線となりし軌条にふる天気雨
2012.10〜

2013.2/20〆


ふたたびの春へ向かえりブレーキをふみつづけたる足をゆるして


青、青、青を伝えゆきたる信号にうながされおり風やわき午後


幾重にもつらなる尾灯そのうちのひとつとなりて夕景となる


昼と夜のさかいめは皆それぞれにいまだ灯さぬ車の多数


廃城のごと聳えたつ三セクをかすめるようにゆくメルセデス


昔日の街をゆきたり手触りのうすき記憶を眸にさずさえ


たましいの触れあうおとか奥底にねむる鼓膜をふるわせる声


ほとばしるもの鎮めたるにわたずみわが内にあり空を映しぬ


シロップは琥珀の海をゆらぎおりいま伝えたきものを燃やして


味うすき麺食みおえし底いよりスープの袋うき上がりたり









2013.1/20〆


たっぷりと水を含んだ画紙のうえ赤は白夜をゆく犬となる


水彩紙にやさしき色の滲みゆくゆるやかさにてひとを想いぬ


蒼天に舞う雪ひらり言葉にはならぬことばを風にゆだねる


いっこうに動かぬ雲を見上げいる首に脈うつ我のせつなは


真昼間にうく月おぼろ近くとも手の届かざるひとを想えり


もちをつくうさぎの面のうらがわに我の知らざる月夜はありぬ


部屋の灯を消さずに眠るすこしだけこころの皮膚のうすき夜更けは


えいえんは良きもの、という前提をうたがうことではじまるあした


筆跡を指で辿ればいまやっと出会えたようなひとの面影


洗顔の水はつめたく真冬日の生命線をきざむてのひら








2012.12/20〆


深海のような青へとゆるやかにのぞみ始発は今日をはじめる


乗客はみな眠りたり片頬に朝のひかりを等しく載せて


太陽がのぼる角度に田園の案山子の影は縮まりゆかむ


富士山はねぼけ眼を一瞬で目覚めさせいるちからをもてり


晩秋の色あふれたる山並みをときおりざんとトンネルは断つ


トンネルに色奪われし車窓にはモノクロームにしずむ我あり


音もなく田を撫でわたる晩秋の清しき風を車窓より見る


思慕ひとつ持てあましたる秋空にヒコーキ雲は生まれつづける


まどろみの余白によぎる面影を追うようにして帰るおおさか


マフラーに顔をうずめて蒼天にふる雪をまつ恋かもしれぬ








2012.11/20〆


一面にすすき群れいる高原へ秋をたずねてゆく阪和道


山肌をとおく見やれば渦潮のようにさざめくすすきはありぬ


タイヤより伝わり来たる山道の舗装されざる素肌けわしき


幾重にも連なりおりし稜線の青、だんだんと薄れゆくあお


我が髪を乱して去りぬ突風のすすきの海におこるさざなみ


子をあやすようにすすきは豊かなる穂を泳がせて風をあしらう


我が背丈とうに越えたる幾千の穂のすきまより秋天をみる


閑寂な往路を避けてダム沿いに秋ふきだまる道を帰りぬ


気道より吸いこむ冷気さみしさは我の芯まで沁みわたりゆく


夕闇の空をあおげば残照のいまだくすぶる雲ひとつあり









2012.10/20〆


昔日と変はらぬ空を見上げをり五十回忌の道のすがらに


会ひしことなき祖母なれば尚のこと恩知る寺へ逢ひにゆきたり


玉砂利をふむ音かろき父母の歩にあはせつつ参道をゆく


三門をくぐりし頬を撫でゆかむ清しき風に洗はれてをり


蝉すべて息絶へをりし静寂に樹齢ひさしき樟は佇ちをり


秒針の止まつたやうな本堂の甍のうゑを旅客機はゆく


天井たかき伽藍のうちにちんまりと佇みをりぬ祖母の位牌は


吾がゆびを零れおちたる抹香のゆらめきながら透きとほる白


僧正のこゑ打ちよせる潮騒のはざまにうかぶ祖母の戒名


そののちも残るであらう店ばかり選りたる父母と長楽館に入る


- comments(0) -
| 1/1 |